世界十五大哲学 (PHP文庫)

1: 名無しさん@おーぷん 2014/05/02(金)21:58:13 ID:PJKjDoz1T
「自分って何なんだろう」って思うことないか?

いったい何が自分で、誰が自分で、本当の自分はどこにいて、自分はどういう人物なんだろうかって

自分探しのために1人旅に出たいって思う人とか、ついつい自分の心を知りたくて心理ゲームやっちゃう人とかもいる

常に誰かと一緒にいることで自分を保つ人もいれば、1人で考えるってタイプもいる

忙しかろうが暇だろうが、自分ってものの正体が分からなくなる瞬間ってのはあると思う

生まれてからずっと一緒にいるくせに、正体不明なのが自分だ

厨二っぽいけどこれは考えるべき問題だと思う

こんなこと考える暇が惜しいと思うかもしれないが、大切なことだと思う

自分ってものを、ホントは自分が一番よくわかっておく必要があるんじゃないかって


2: 名無しさん@おーぷん 2014/05/02(金)21:59:58 ID:JlU8he7v5
うん、その通りだ




3: 名無しさん@おーぷん 2014/05/02(金)22:03:30 ID:VrqX0SaGz
自分は創るものだよ


4: 名無しさん@おーぷん 2014/05/02(金)22:04:18 ID:PJKjDoz1T

それで、ちょっと本題の前に、俺は前に↓のようなスレを立てた

別に今回はこの続きじゃないが、これに関連する部分も多いから一応載せる

http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1398339786/

(ただこれを読んでからじゃないと話が繋がらないってわけでもないから、興味ある人だけ見て欲しい)



さて本題、冒頭でわかってると思うけど今回は

「自分ってのは何なのか?」ってことについて話していこうと思う


5: 名無しさん@おーぷん 2014/05/02(金)22:05:44 ID:H3jF3rwwQ
自ら分かると書くように自問自答する事こそが自分
我思う故に我有りは正しいな


6: 名無しさん@おーぷん 2014/05/02(金)22:11:48 ID:PJKjDoz1T


まず前提として、今から俺が言うことは、

自分で体感レベルで理解できたと感じることについてのみ書く

腑に落ちる、というよりも何かもっと根っこにある感覚というかそんな感じだった

だから曖昧な表現があったりするかもしれないが許して欲しい

そして、この話は仏教なんかで昔から語られていることに結局は帰着することになるだろう

俺の結論を聞いて、「それって結局は昔から言われてることだろ!」と思うかもしれないが、

体感レベルで感じれたからこそもう一度言葉にする意味はあると思ってる


7: 名無しさん@おーぷん 2014/05/02(金)22:18:03 ID:PJKjDoz1T

「自分とは何か」という問いに対して、答え(のようなもの)を得たのは、数年前

仕事中のことだった

だからここでは、俺の仕事のことも少し書かないといけない


8: 名無しさん@おーぷん 2014/05/02(金)22:20:49 ID:PJKjDoz1T

俺は「人の病気」の治療に関わる仕事をしている

職種は伏せるが医療の専門家だ

日々、様々な病気の人と関わっている

特に多い疾患は、脳卒中やパーキンソン病、多発性硬化症や脊髄小脳変性症などだ

いずれも、脳や脊柱(中枢神経系)の病変で生じる病気だ

中枢神経に病変があると、本当に様々な症状が現れる


9: 名無しさん@おーぷん 2014/05/02(金)22:26:36 ID:PJKjDoz1T

分かりやすく脳卒中を例に挙げるけど

脳の血管が詰まったり破れたりすると、脳の神経が死に様々な症状が出る

代表的なものとして運動麻痺、感覚麻痺、言語障害、高次脳機能障害(記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害など)がある


つまり脳卒中を発症すると、今まで普通に生活してきた個人が、


手に力を入れようと思ってもダラリとしたままで動かなくなったり

足はずっと突っ張ったままでまるで棒のようになったり

お風呂の暑い冷たいを感じることができなくなったり

ろれつが回らず話しにくくなったり

頭では「飛行機」と言いたいのに「こたつ」と言ってしまったり

取れると思ったコップに手を伸ばしたら20cmくらい届かなかったり

毎日お世話になっている人に対して何度も何度も名前を聞いたり

目を閉じるとまるで自分の手足が存在しないように感じたり、、、

といった症状がでる


11: 名無しさん@おーぷん 2014/05/02(金)22:31:41 ID:PJKjDoz1T
具体的にAさん(51歳)という脳卒中患者の例を挙げてみる(守秘義務があるので当然かなりフェイク入れてる)


聞くところによると、

Aさんは元々はすごく地位の高い国際的に活躍するビジネスマンだった

英語と日本語は完璧で、中国語も話せる

京都大学出身で大手に就職し順調に出世していた

子供は2人にて家族でよく海外旅行にも行っていた



しかし、半年前に脳卒中が発症しそれは一変した



自分でトイレにも行けなくなて常時オムツをし

右の手足は硬く曲がっていて自分で動かすことはできない

足をつねっても痛がる素振りを見せない

ベッドから起き上がるのも車椅子へ移るのもかなり助けがいる

話せる言葉は「トイレ」「ごはん」などの単語と、そしてたまに短い英文しか話せない

自分の親族の顔もあまりわからなくなっているようであまり反応しない


12: 名無しさん@おーぷん 2014/05/02(金)22:35:57 ID:PJKjDoz1T

それでもAさんは、Aさんとして、生きている

病気前と病気後で、体や生活が全く違っているのに

Aさんは、Aさんのまま生きているわけだ

・・・じゃあこの、Aさんとは一体、何者なんだ???


13: 名無しさん@おーぷん 2014/05/02(金)22:43:31 ID:PJKjDoz1T

このAさんについて、色々と思うことがあった


「病気以前のAさんと、病気後のAさんは、果たして同じ人といえるのだろうか?」

「Aさんは自分自身のことを、元の通りにAさん自身として認識しているんだろうか?」

「いやそもそも、認識能力はどの程度保たれているんだろう?認識能力が著しく低下している場合、それは自己認識がどのくらいできる?」

「記憶が人間を作っているという考えがあるが、Aさんは多くの記憶をなくしている。そうするとAさんという人間は何によって存在を保証されるんだ?」

「家族の顔もわからない状態で、いったいAさんから見た“この世界”はどう変容し、どう映っているんだろう?」

「劇的に人生が変わってしまった中、Aさんは人生をどう捉えているんだろうか?」

「“考える”からこそ人間だと思っていたけど、Aさんは何を“考えて”いるのだろうか?」

「もし自分が同じ症状になったとき、自分の観る世界は一体どうなってしまうんだろう?」


14: 名無しさん@おーぷん 2014/05/02(金)22:50:18 ID:PJKjDoz1T

仕事をしながらこんなことを常に考えていた

この心の底から湧き上がる疑問について考えることは、仕事においても私生活においても、重要と感じていた。

自分なりの答えを得ておく必要があると思った


16: 名無しさん@おーぷん 2014/05/02(金)22:56:40 ID:PJKjDoz1T
それから、俺は「自分自身」というものについて、隙間時間に常に考えていた。


『人間は考える葦だというから、考えるという行為が自分自身というものを成立させるのか?

いや、だったら病気で思考できなくなったら人間でなくなるじゃないか

猫や犬や虫は人間にわからない方法で思考してたりするのだろうか?

もしかしたら、例え意識がなくなったとしても、表出されないだけで人間の思考はどこかで正確に保たれているのか?』

・・・わからない


『やはり、環境だろうか

各種環境要因によって自分の思考が影響され、今の自分が作られたのか?

例えば育つ環境が違ってたら自分はどうなっていただろう日本に生まれずベトナムに生まれたとしたら?

病気によって身体の環境が全く違ってしまったら?

うん、たぶん違った人格になっているかもしれない

ちょっと待てよ、そうすると、“環境によって容易に左右されてしまう自分”とは、一体何だ?』

・・・わからない


こんな感じでずっと考えてた


17: 名無しさん@おーぷん 2014/05/02(金)22:58:40 ID:RxqLqOtKB
して答えはでたのかの


19: 名無しさん@おーぷん 2014/05/02(金)23:09:27 ID:PJKjDoz1T
>>17
答えはでたよ
これから説明します


18: 名無しさん@おーぷん 2014/05/02(金)23:00:00 ID:PJKjDoz1T

ずっと、ぐるぐると考え続けていた

ある時は、思考をなるべく消去し、身体で感じようと努めた

また、自分の無意識の底の底、根底から何かが湧き上がるのを待ったりもした

だけど、納得のいく感触はしばらくなかった



しかし、ある日の仕事中、いつものように患者と接している時、

急に、目の前に見えている世界が変わったような感覚に襲われた


20: 名無しさん@おーぷん 2014/05/02(金)23:11:01 ID:PJKjDoz1T
ここからは感覚的な表現でわかりにくいかもしれないがその時の感じはこうだ


まず、この時本当に急に、なんというか、大量の思考と感情と、それに伴なう各種感覚が、ドバッと一気に体中をかけめぐったように感じた

普通に思考したら何時間もかかるであろう情報量が、ほんの一瞬で自分に降りかかり、しかもそれを一瞬で理解できたような感覚と、

なにか嬉しいような、楽しいような、快感のような、それでいて地面にどっしり足がつくような感情、

その他言いようもない、今までに感じたことのない何かの感覚

時間にすると0.1秒くらいの間の出来事だったかもしれないけど、いろんなものが一気に駆け巡っていった感じがした

そして不思議なもので、俺は直感的に「自分自身についての答え」が得られたとこの時感じた


21: 名無しさん@おーぷん 2014/05/02(金)23:17:14 ID:PJKjDoz1T

この時の感覚を整理して、言葉にすると「自分とは何か?」に対する答えになる

言葉にしてしまうとあっけないが、俺の感じた答えはこうだ





「自分とは、関係の中心である」








22: 名無しさん@おーぷん 2014/05/02(金)23:24:40 ID:PJKjDoz1T
大まかに言うと

自分というものは、何かと関係をもたずにはいられない

空気との関係がないと息ができない

重力との関係がなければ立てない

目の前の人との関係がなければ会話ができない

挙げればきりがないほどの「関係」を構築し、その中心に常にいるのが「自分」ということになる


23: 名無しさん@おーぷん 2014/05/02(金)23:28:47 ID:PJKjDoz1T

つまり「自分」というのは、あらゆる「自分以外のもの」ということもできる

今の自分独自だと思っている思考も、必ず誰かの話や本、思考パターンから作られている

そもそも日本語を話せること自体、多くの日本語との関係の中で構築されたものだ

莫大な、関係性の中で、初めて自分というものが生まれる


24: 名無しさん@おーぷん 2014/05/02(金)23:32:48 ID:PJKjDoz1T
そしてこの、

「自分とは、関係の中心である」という体感は、

考えてみるとものすごく蛋白で、あっけない

そこに善悪の問題とか、感情的な問題とか、そういった諸問題とは次元が1つ違うため、全く介入できない


25: 名無しさん@おーぷん 2014/05/02(金)23:33:29 ID:PJKjDoz1T
>>24 蛋白⇒淡白な


26: 名無しさん@おーぷん 2014/05/02(金)23:36:57 ID:PJKjDoz1T

どういうことかというと、

「自分とは、関係の中心である」ということは、

病気になった自分は、感情論や善悪抜きにして、その時関係をもっている全ての中心だし、

健康なままの自分は、感情論や善悪抜きにして、その時関係をもっている全ての中心にいる



あーまずいな、うまく説明しようとして迷ってる

ちょっと中断する


27: 名無しさん@おーぷん 2014/05/02(金)23:37:56 ID:tWCsKGxs0
キェルゴールの『死に至る病』の序章に類似の思想があるな
『自己とは自己自身に関係するところの関係である』と
哲学書の一文を抜き出すのは本来あまり良くないので時間があれば読んでみて欲しい


29: 名無しさん@おーぷん 2014/05/02(金)23:44:36 ID:PJKjDoz1T
>>27

その言葉だけを抜き出して読むと、それに近い気はする

俺の感じたのは、本当に根本的な部分としての「関係」で

繰り返しになるが、そこには悲しいとか嬉しいみたいな感情や、

こうありたいなんていう希望や、そんなものが一切介入できない

厳然たる事実としての「関係」があって、淡白でありながら大きな安心というか、包容力を孕んでいて

それでいてその「関係」は柔軟に変化するし、ある程度意図的に変化させることもできるんだ




28: 名無しさん@おーぷん 2014/05/02(金)23:39:00 ID:brvgFkN9B
長いな
三行で頼む


31: 名無しさん@おーぷん 2014/05/02(金)23:50:54 ID:PJKjDoz1T
ちなみに、この「自分とは、関係の中心である」ってのは、

それ自体が尊い事なんだ

例えば善人がずっとバカを見るような人生と、悪人がおいしい思いをし続ける人生があったとして、

ここに感情論を持ち込むと、理不尽な世の中だとか思ってしまって悲観するけど

「関係の中心」っていう厳然たる事実の前では

どっちの人生も平等に扱われて、あっけなく肯定されしてしまう

だからといって、それは不公平でもないというか、どっちの人生も幸せなんだよ

うまくいえないが


32: 名無しさん@おーぷん 2014/05/02(金)23:55:13 ID:tWCsKGxs0
知識として知っていても実感が伴っていない俺のような人間から見れば日常の中で人生に一貫する実感を手に入れたこの>>1は割と凄い
ただ同時に俺らにはその実感を支える体験がないから言葉で伝えるのはなかなか難しいと思う


33: 名無しさん@おーぷん 2014/05/02(金)23:56:01 ID:PJKjDoz1T
うん、うまく言えないな


ただ、この「関係の中心」が自分自身だってのを感じていると、

自分がどんな状況であれ、冷静に受け止めることができる

いやいや、冷静というのも違うかもしれないが、、、

例えば、悲しいとか嬉しいとかの感情があったうえで、それとは別の次元で、今存在していること自体への圧倒的な安心感を得られるんだ

人間にある「感情」ってのが、命を盛り上げるための仕掛けなんじゃないかという感覚もある

悲しいときは思いっきり悲しいが、いままでなかった“土台”が出来た感じがして、悲しみながらも安定している感じすらある






34: 名無しさん@おーぷん 2014/05/02(金)23:58:12 ID:peQwEP5r0
自己同一性を保つ要素の一つが社会性って話かな


38: 名無しさん@おーぷん 2014/05/03(土)00:05:50 ID:0l4xXecEQ
>>34

いやそれよりももっと根本的なんだ

仮に社会が存在しなくて、人間が自分1人で社会が存在しなくて、言葉さえ話せなくて、たった3日しか生きられない境遇だとしても、

「関係の中心」ってのは存在すると思うんだ


36: 名無しさん@おーぷん 2014/05/03(土)00:03:04 ID:0l4xXecEQ
この「関係の中心」って感覚は、

何度も言うがものすごく根本的な感覚だ。ものすごく

もしかするとアメーバにも植物にもあるんじゃないか?ってくらい

というか木や花はきっと持ってるんだろうなって思うくらいなんだよ

「脳で考える」とか以前の問題にまでさかのぼる可能性があるくらい、そのくらい根本的な感覚なんだ



「ありのまま」って言葉があるけど、本当に「ありのまま」なんだよ自分自身ってのは

花とかがありのままで、咲いて、散ってくみたいに





39: 名無しさん@おーぷん 2014/05/03(土)00:14:22 ID:6vQ5JLl3L
この手のことは学生の時によく考えてたなぁ……
何パターンか持論持ってたけど今となっては全く思い出せない

偶には考えるべきこと何だろうが、つい目先のことばかりに考えが行っちゃうよな


40: 名無しさん@おーぷん 2014/05/03(土)00:20:30 ID:0l4xXecEQ
すまない感覚の話になってから全く伝えられなかったきがする

今日はここまでにするよ

ありがと


43: 名無しさん@おーぷん 2014/05/03(土)00:22:35 ID:uziINaAui
7%くらいはわかった気がするよ
おつかれ


元スレ:http://viper.open2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1399035493/
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